世界の終わり

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エジプトの謎〜ネフェルティティの胸像とは?〜

私は美術品鑑賞が好きなのでいろんなそれらを扱う番組を録画しては見直しているのですが、
【たけしの新世界七不思議】でネフェルティティの胸像という作品を知りました。

 

不思議がいっぱいのこの作品を詳しく調べてみましたのでお伝えします。

 

名前を聞いただけではピンとこない人でも実物を見られたなら
「ああ、これか!」と思わず手をポンと叩くこと受け合いの作品だと思います。

 

このネフェルティティの胸像、知れば知るほど謎と神秘性が醸し出されてきます。

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そこで今回はこの作品について

  • ネフェルティティの胸像の基礎知識
  • どこに行けば見れるのか?
  • 日本に来る可能性はあるのか
  • 左目の謎
  • 本当に美女だったのか

についてお伝えしたいとおもいます。

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photo credit: Altes Museum (Berlin) – Nefertiti via photopin (license)

ネフェルティティの胸像基礎知識

元々、このネフェルティティの胸像はエジプトの大地に眠っていました。
それを20世紀の初頭にヨーロッパ人によって発掘され持ち去られています。

 

このネフェルティティの胸像を含め様々なエジプトの遺産を
エジプト本国はヒトラーの時代から返還要求を続けています。

 

しかし、ヨーロッパは頑なに聞き入れられません。

ドイツとエジプトの間に国際問題が発生しないのは流石だと思います
(あるいは黙殺されているだけかもしれませんが)。

 

 

《ネフェルティティの胸像が展示してある場所》

現在、「ネフェルティティの胸像」はドイツの博物館島内にある新博物館に展示されています。

 

 

博物館島というのはベルリンのムゼウムスインゼルのことで
シュプレー川の中州にある5つの博物館、美術館を総称した呼び方です。

またの名をベルリン美術館とも呼ばれます。

 

「ネフェルティティの胸像」が展示されている新博物館は
エジプト美術及び先史時代の遺物をメインにして構成されています。

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photo credit: 20150118-P1030656.jpg via photopin (license)

《来日の可能性は?》

残念ながら現状では日本にやってくる可能性は低いでしょう。
もし他国へ一時的にでも動かそうとすれば
70年も前から返還要求を出し続けているエジプト政府に対して言い訳が立たなくなってくるからです。

 

それと現在、このベルリン美術館がユネスコの世界遺産に登録されていることも大いなる弊害になります。

 

世界遺産は国家予算をかけて維持管理されています。
一国だけの問題にとどまらなくなったのです。

 

よって日本はおろか他の国に対してもおいそれと展示目的などの理由により動かすことはあり得ないでしょう。

 

日本の自然遺産内の草木を無断で持ち帰ったり異物を持ち込んだりできません。
国宝の法隆寺内の仏像を他の場所に動かせないのと同じ意味合いですよね。

 

世界遺産という人間史上の尊い過去の遺物を保護し後世に伝える
という責任が私たちにあるという理由を認識しなければいけないようですね。

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《左目の謎》

ネフェルティティの胸像にはいくつかの謎や神秘性がありますが
最も関心を引いているものの一つがこの左目の謎でしょう。

 

何故か彼女の左目には右目のような彩色が施されていません。
彩色というか彫刻上の措置がありません。
なので誰の目から見ても彼女の左目は悪かったのか?という疑問が起こります。

 

これについては諸説いろいろあります。

【製作上のミス】【紀元前の作品であるため享年劣化による破損説】【本当にネフェルティティ自身が目を患っていたため忠実に再現した説】など。

どれもこれも言い得て妙です。嘘には聞こえません。

 

この像が制作されたのは紀元前1345年の話です。
発見されたのが今から約100年前。つまり優に3300年の年月が過ぎているのです。

 

もはや伝説の世界です。
現在この【左目の謎】については調査が行われていますが、
結論が出るにはまだまだ時間がかかりそうです。

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photo credit: PICT7026 via photopin (license)

《ネフェルティティは本当に美女だったのか?》

ネフェルティティは美女であった可能性が非常に高いです。
ネフェルティティはエジプトの三大美女の一人でもありますから。

 

なにより彼女はエジプトのアクエンアテン王の正妃です。
15歳の時現在のシリア辺の地域から嫁いで来たと言われています。

 

エジプトの王(ファラオ)には何十人何百人、ひょっとしたら千人以上の妾がいたと考えられ
その中で正妃はたったの一人、政治上の関係での政略結婚でなければ
奇跡的なほど美人だったのではないでしょうか?

 

ネフェルティティの再現画像はこちらです。
キレイですよね。
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photo credit: Nefertiti Aton via photopin (license)

 

そうでないとあの時代に最高の彫刻師トトメスが当時の最高の技術を駆使して
3000年以上先の未来にまで残るこんな素晴らしい作品を作れるはずがありません。

 

一説にはトトメスはネフェルティティを愛していたと言われている程です。

 

確かにネフェルティティ自身が権力の座に座っていた時期もあり、
その権勢を証明するためという説もあります。

 

ですが、元々エジプト王の正室だったことがら、
高貴に富み、妖艶な魅力を併せ持った方であったと推測されます。

 

《さいごに》

ネフェルティティの胸像に関して今回お伝えした事は

  • ベルリン美術館の新博物館に展示されており
  • 世界遺産の博物館に展示されているため他の場所への持ち出しは不可
  • 左目に関する謎が神秘性を深め
  • 古代エジプト史における三大美女の一人であった

でした。

 

ネフェルティティの胸像にとってはどっちにいる方が良かったのでしょうねえ?
エジプトの肥沃な大地だったのか、それとも文明国がよかったのか?

答えを聞くためにドイツまで行ってみるのも悪くはなさそうですね。

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