世界の終わり

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アステカ文明滅亡の謎!悲痛の少女マリンチェの裏切りが原因

謎の多い南米アステカ文明。
そのアステカ文明滅亡はスペイン人の侵略が原因はそうですがその引き金がたった一人の少女だとしたら?

しかもその少女がアステカ人のだとしたら?

今回はアステカ文明滅亡の謎について、アステカを裏切り滅亡へと追い込んだとされる少女マリンチェに注目しながら以下の内容でお伝えしていきます。

  • アステカ文明滅亡の謎
  • アステカ文明滅亡はマリンチェが原因だった?
  • マリンチェは幸せになれたか?

まずはアステカ滅亡のキーマンとなったマリンチェの真相に迫ってみましょう。

この人がいなければ・・・。と、歴史を語る上で無意味なたらればをつい思ってしまいます。

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アステカ文明滅亡の謎

アステカの神話の中に「一の葦(あし)の年、白い肌の破壊神、ケツァルコアトルが帰ってきて、世界を滅ぼす」という一説があります。

アステカでは太陽暦や太陰暦など複数の暦を組み合わせて独自のカレンダーを作っていました。
このカレンダーをアスティックカレンダーというのですが、現在のNASAが発表している最も正確な時刻とわずか6秒しか差がないという精密なカレンダーなのです。

このアスティックカレンダーで「一の葦の年」とは西暦で言うと1519年。
まさに、コルテスが率いるスペイン軍が海を渡ってきた年なんです。

そして茶褐色の肌をもったアステカ人からしてみれば、ヨーロッパから来たスペイン人は白い肌に見えますよね。

偶然にしては出来すぎだと思うのは私だけでしょうか?

 

しかし、アステカ人は信仰深いというレベルだけではなく、まさに「宗教=鉄の掟」だったのです。

侵略に来たとわかっていても、丁重にもてなし多くの財宝も献上したくらいですから。

 

ただ、「ケツァルコアトル」という神は、文化や農耕など平和の神として伝えられていたというのは気にかかります。

平和の神が世界を滅ぼすなんて、なんか矛盾してませんか?

アステカでは多くの神を祀っていました。
なので、平和の神だけじゃないんですよね。

中には暇つぶしに人間同士の争いを誘発させる神がいたり、キリスト教の宣教師達から悪魔とされた神まで様々です。

 

当時のアステカでは生贄の風習がありました。

今の考え方からは生贄はかなり恐ろしい風習ですよね。
でも、当時は生贄になることはとても名誉なことだとされていたんです。

そして生贄を求めアステカ人は周りの部族も侵略していたという記述も残っています。

 

他にも、司教が生贄の四肢を抑え、胸を切り開き、銀の皿にまだ動いている心臓を乗せて捧げたという記述もあります。

かなり好戦的、かつ残虐な感じがしますよね。

出る杭は打たれると言ってしまえばそれまでなんですが、上には上がいるものです。

 

いくら名誉なことだとはいえ、少しくらい恐ろしいことをしているという自覚があったのではないでしょうか。
でないと、平和の神を恐れる必要はないのですから。

 

さて、大まかに説明しましたが、ここまででアステカがどんな文明だっかご理解いただけたでしょうか?

暦は正確だが、好戦的で生贄風習が残っている。

現代の考え方をもってしまうと、アステカには住めないなと思ってしまいますね。

 

では、冒頭で紹介したマリンチェという少女。

アステカ滅亡のキーマンになっていたのは間違いないのですが、どんな少女だったのでしょう?

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アステカ文明滅亡はマリンチェが原因だった?

マリンチェは小さい街のお姫様として生をうけました。

しかし、幼いとき王であった父が亡くなり、実母は別の男性と再婚するとマリンチェが邪魔になり隣国に売られてしまったのです。

美しかったマリンチェは、その後人から人へ転々と所有権を移され、やがてタバスコ王の側室となりました。

 

屈辱と隷従を強いられ、次第にマリンチェは「こんな世界滅んでしまえ!!」と思うようになります。

母に捨てられ、物のように扱われ、自分の人権はいったいどこに行ったのか‥

恨んで当然ですよね。

 

そんなマリンチェに一筋の光が指したのが「一の葦(あし)の年」です。

大きな帆船に乗り海を越えてきた白い肌の侵略者。
タバスコ王も応戦しましたが、相手は馬に乗り銃を手にしていました。

まるで魔法にかかったようにバタバタと倒れていく自軍の兵を見てタバスコ王は恐れ、あっさりと降伏を認め、美しい布や黄金、20人の娘を献上したのです。

この20人の娘の中に17歳になったマリンチェもいました。

滅んでしまえばいいと思っていた世界に侵攻してきたコルテスは、マリンチェからしたら希望の光だったのかもしれませんね。

 

マリンチェは美貌と聡明さでコルテスを虜にすると、たちまち愛人兼参謀という立場を手に入れました。

そして、自分を売った母に復讐すべく生まれ故郷をコルテスに教えてしまうのです。

真の悪者はアステカ人?スペイン人?

語学の才があったマリンチェはすぐにスペイン語を覚え、通訳としてコルテスに同行しました。

そして、コルテス一行がケツァルコアトルであると印象付けるために吹聴して回ったのです。

こうして神と位置付けられたコルテスと神の通訳をするマリンチェがアステカの首都テノチティトランに到着すると、王自ら丁重にもてなしました。

 

おそらく神に対してのもてなしなので、尊敬と純粋な善意からのものだったのでしょう。
それに対し、コルテスとマリンチェの対応は悪意に満ちてました。

1トンもの黄金をだまし取ったり、王を軟禁したりと好き勝手し放題です。

 

さらには、アステカ人にとって最大の祭りの日に王の軟禁場所に集まってきた民間人をスペイン人が銃撃するという事件が起こります。

これは酷いですね・・・。

これを機に王は亡くなり、アステカは滅亡への一途を辿るのです。

 

片や神を信じ生贄や侵略を繰り返すアステカ人。
片や植民地を求めて侵略してきたスペイン人。

喧嘩両成敗とはいいますが、やはり国と国との争いですから一言で片づけられない部分がありますよね。

母親に裏切られたマリンチェは、裏切られた時点で被害者です。
しかし、コルテスと共にテノチティトランの王を騙してしまうと加害者になってしまいます。

ひとりじゃないから、考え方がひとつじゃないから、どっちも悪者でどっちも正義なのでしょうか?

 

さて、キーマンだったマリンチェですが、アステカが滅亡した後、どうなったのでしょう?

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マリンチェは幸せになれたか?

マリンチェには幸せになって欲しいような、思わないような・・・。

しかし、こればかりは当の本人にしかわからないことですよね。

 

1521年、陥落したテノチティトランを見て彼女は何を感じたのでしょう。
自分をゴミのように捨てた母への憎しみはぬぐい切れたのでしょうか?

もしかしたら、今まで突っ走ってきた目標を達成し、尚且つ廃墟と化した街を見て虚無感しかなかったのかもしれませんよね。

 

しかし、彼女のお腹には新しい命が宿っていたのです。

父親はスペイン人であるコルテス。
この子供が後のメキシコの主軸の1人目となるのです。

子供を産んだマリンチェは人が変わったかのように穏やかな性格になったそうです。

憎んでいた母を許し、わが子を抱いたことにより愛情を覚えたのではないでしょうか。

 

わずか25歳でこの世を去ったマリンチェ。

一時はアステカを裏切った魔女として罵られていました。

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しかし、現在、ベルラスクの街にはあるマリンチェの銅像は、穏やかな表情で未来を見据得ているように遠くを見つめています。

アステカ文明滅亡の謎〜まとめ〜

古代文明のロマンに触れることができたでしょうか?

植民地を求めてやってきたスペイン人と、独自の宗教を信じ生贄や浸食を進めるアステカ人。
自分の幸せの為に娘を捨てたマリンチェの母。

世界を恨み、破滅を願ったマリンチェ。
神を信じるあまり応戦できなかったテノチティトランの王。

国や文明が滅びるとき、必ず争いが伴ってきます。
願わくば争いのない世界であってほしいですね。

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