世界の終わり

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ギョベクリテぺの謎!時代と特徴が人類史を覆す可能性が?!

教科書にも載っていない、人類史最古の遺跡と言われるギョベクリテペの存在を知っていますか?

日本でも以前TVで取り上げられたことがありますが、ほとんど知られていません。

でも、この遺跡の存在が、これまでの歴史を大きく変えてしまうと言うんですから、知っておく必要があると思いませんか?

全貌は全くと言っていいほど解明されていませんが、謎とされている内容をまとめました。

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ギョベクリテぺとは

人類史最古の石造の遺跡、神殿遺跡と言われています。

その遺跡は、古代エジプトのピラミッドよりも遥か昔に作られたものです。

なんと1万1000年~1万2000年の間、ピラミッドよりも7000年も前に作られた建物と証明されているのです。

アトランティス時代の人類の遺跡ですね。

そのギョベクリテぺは、トルコ南東部にあるシャンルウルファに存在しています。

見つかったのは、今から23年前の1994年。
農夫がたまたま掘り当てたもので、その発掘や研究もまだまだ始まったばかりです。

全貌が明らかになるまで、これから50年以上も先と言われています。

23年も経ってほぼ無名って、まあ、わざと遅らせてるんだと思いますが。

 

それでも少しずつ発掘が進む中で、多くの謎ばかりが出てきています。

これまでに浮上した、ギョベクリテぺの持つ謎に迫っていきたいと思います。

ギョベクリテぺが作られたとされる時代

一般的には、ギョベクリテぺが作られたとされる1万2000年も前といえば、最後の氷河期時代とされ、日本でいうところでは、縄文時代の初期の頃です。

その頃の日本の道具は、ねん土を捏ね形作り、焼いて出来上がった土器を使用していた時代。
土器は世界中で作られ、使用されていたとされています。

本当はカタカムナ文明が六甲山を中心にあったんですけど^^;

その中でも日本で作られたのは早い方で、技術も他と比べ優れていたと伝えられています。

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そんな時代に、ギョベクリテぺは一体何を使い作られたのでしょうか?

どんな建物だと思いますか?

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ギョベクリテぺの特徴

ギョベクリテペを説明する前に、世界的にも有名で、先史時代の遺跡として知られるストーンヘンジを知っていますか?

高さ7mもある巨大な石が2本、それを繋いだ石が1本。
まるで、門のように形作られたものが5組並んで建てられています。

その門を円で囲むように、高さ5mほどの30個の石が立ち並んでいるのが、ストーンヘンジの特徴です。

立石と横石で作られたその形状は、ただ石を重ねただけではなく、安定して立っていられるように、凹凸を組み合わせることによって接合されています。

この技術ですら、作られた当時からすると高度なものでした。

でも、ギョベクリテぺは、そのストーンヘンジが作られた頃よりも5000年以上もに作られているのです。
しかも、ストーンヘンジよりも、ずっと高度な技術で作られた造りなんです。

その造りとは、中心には2本の巨大な柱があり、その周辺は壁と思われる何本もの柱が立っていますが、不思議なことに、それら全ての柱がT字型であること。

そして、柱に描かれている図柄は、キツネやイノシシ、ライオンなどの動物などが多く、文字と思われるものは一切見当たらないことから、言葉を文字などの形にして残す技術はなかった時代とされています。

そんな時代に、こうした建物が作れる技術はあったのですから、本当に人の手によって作られたものなのかどうか、謎は深まるばかりです。

 

他の謎のひとつは、周辺には居住生活の痕跡がほとんど見つかっていないことです。

僕は反重力を扱う技術があったのだと思っていますが。

日本に残される巨石もそうですよね。

例えば、

  • 釣石神社
  • 竪破山
  • 五社神社

などなど。

ではこれらの巨石を運んだり、遺跡を作ったのはどこの誰なのか?

謎の数々

本当に人間により作られたのか?

重機も何も存在していない時代に、これだけのものを、もしも人の手だけで作るなら、それ相当の時間がかかります。
となると、近くに生活の拠点があり、現場に通ったものと普通に考えますよね。

でも、不思議なことに、付近に居住した痕跡が見当たらないというのです。

使われている石の巨大さから、運ぶのに500人は必要だと言われ、その人達は一体どこで暮らしながら作業を進めていたと言うのでしょう?

建物の他に見つかったものも、謎に包まれています。

残された謎の石像

神殿の他にも、人のような形をした石像が発見されています。

この時代の日本にあった、土偶のようなものなんでしょうか?

その土偶は、病気やケガを治してくれるお守りとして、作られたのではないかとの説があります。

ギョベクリテぺで見つかった石像も、そういった意味を持ち作られたものなのでしょうか。

そして謎の一つに、この1万年以上も前に作られた建物なのに、状態良好のまま残っていること。

驚くほどの保存状態

ギョベクリテペ遺跡にどんな目的があったのかは解明されていません。

ただ、意図的に埋められていたのではないかとされています。

こんなにも長い歳月を経ているのに、奇跡的と言われるほど損壊を免れ、存在していたのです。

知れば知るほど、謎に包まれた遺跡です。

そして、最大の発見ではないかとされる謎も残されています。

人類史が全て変わる?

田畑に作物をつくり、食料を蓄積し、そこから生まれる貧富の差により、階級が発生したとされます。

それにより、都市ができ、信仰が始まり、神殿などの建物が作られていたというのが、これまでの定説でした。

でも、この遺跡が発見されたことで、信仰から始まり神殿を作り、人が集まったこととなり、農耕から始まっていたとされる定説を覆してしまうのです。

と、書いていながらも、全貌が見えず混乱状態です。

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最後に歴史が変わるかもしれない事実をおさらいしておきましょう。

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謎ばかり深まるギョベクリテぺのまとめ

トルコで発見されたギョベクリテぺは、人類史最古の神殿です。
1万2000年ほど前に作られたとされ、日本では縄文時代の初期でした。

土器を使い生活していたとされる時代に作られた神殿は、高い技術を必要とした造りで、500人は必要だったのではと推測されています。

でも、謎は神殿の周りに、人々が居住していたような痕跡はないこと。
一体どこで暮らし、この神殿を作ったのでしょう。

そして、神殿の他に見つかっている人のような石像は、なんのために作られ使われていたのでしょう。

また、奇跡的な保存状態から、意図的に埋められていたとされていますが、それは何の目的があったのでしょう。

これまでの歴史を覆してしまうほどの遺跡の発見ですが、その発掘はまだ始まったばかりです。

全貌の解明までは50年以上もかかると言われています。

生きているうちに、その謎の答えを知りたいものです。

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